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お朔参りのお呼ばれ

by unico
unico

ハロー、ハロー、世界のみなさん、コンニチハ!

cosmos

呼ばれて、飛び出て、ジャジャジャジャーン!

unico

あら、魔王!でも、古すぎてみんなわからないからね。

cosmos

なんせ138億歳なんで…。それより、朔の新月の皆既日食の日、
ついにお呼びがかかったんだって?

unico

そうそう、ついにパッカーン!とね、開いちゃったかも?

cosmos

…アイコン、変わってるし…

というわけで、行ってまいりました。お朔参り(おついたちまいり)。

私の日課は、出勤前の鎮守様への朝のお参りです。晦日詣もいつもの神社で済ませていたし、当然のことながら、お朔参りもいつもの鎮守様にお参りする予定でした。

が、しかし! 2016年9月1日ばかりは違っていたのです!!! 
ことの始まりは、私のうっかりミスでした。

息子と一緒に保育園の送迎バスの発着所にいつもの待ち合わせ時刻に行ったのですが、待てど暮らせどバスは来ない…。保育園の保護者専用ホームページを確認してみると、なんと、その日は運動会予行練習日で、いつもより早く行かなければ行けない日だったことが発覚しました! しかも、体操着着用で! 慌てて家に戻り、息子を体操着に着替えさせてから園に連絡すると、予行練習場所のとある公園へ直接来るよう指示を受けました。

聞いたこともなければ、行ったこともない公園。しかも、どこの駅からも遠いためバスかタクシーでしか行けない場所。会社は遅刻確定だし、出勤前のお朔参りもできない、と内心がっかりしましたが、息子とふたりのバス小旅行なんて久しぶりなので、気を取り直して、せっかくだからこのイレギュラー事態も楽しんじゃおう♪と気持ちを切り替えました。

バスの車内でバス停から公園までの道のりを調べていたら、公園の近くに以前から行きたいと思っていた神社があることに気がつきました。

オトタチバナヒメのお墓のように今聞こえたのか感じたのかどちらかわからないのですが、教えられたままに書くとしたら、「橘樹郡子母口の橘樹神社、今は良い気が漂っているということと、思い人のことを我欲を捨てて臨むと双方に運気が上がる場所」と私はこのように受け止めました。
『幸福への近道』世見(2014/10/03)より

と書かれていたのを読んで、夫と「行こう」と話していた神社だったのです。
そこで、ようやく「これって、もしかして神様に呼ばれてる?」と気づき始めました。

公園に到着すると、まだ園のバスは来ていなかったので、大きな遊具を独り占めしてしばし息子との公園遊びを楽しみました。しばらくすると、園バス2台がやってきて、無事に息子はみんなと合流。先生たちにお願いをして別れを告げ、会社に遅刻の連絡を入れてから、ひとり橘樹神社へ向かいました。

神社へ向かう道すがら、今回私を呼んでいるのはヤマトタケルさんではなくオトタチバナさんだろうな、となんとなく感じました。夫と一緒に行こうと話していたのに招集されるのは私だけなんだな、ということも少し気になりつつ…。

弟橘媛は、日本武尊の東征に随行していましたが、浦賀水道あたりで海が荒れて船が進めなくなった際、海の神を鎮めるために、波の上に菅で編んだ敷物、皮で作った敷物、絹で作った敷物すべて八重にして座ると波が静まり、一行は無事に船を進めることができた、と伝えられている人物です。

その後、弟橘媛が髪にさしていた櫛が海岸に流れ着いてそれを拾った人々が、弟橘媛の御陵を作ってお弔いをしたそうで、この神社にもその伝説が言い伝えられています。

参考)日本神話の世界 弟橘媛

橘樹神社に到着
橘樹神社に到着
お社は小さいけれど、氏子さんの信心が行き届いている良い気に満ちています
お社は小さいけれど、氏子さんの信心が行き届いている良い気に満ちています
日本武尊の松の碑
日本武尊の松の碑
弟橘媛の神廟の碑
弟橘媛の神廟の碑
親切に碑文の読み方も
親切に碑文の読み方も

お参りして感じたのは、弟橘媛は日本武尊のために身を捧げた悲劇的な、そして理想的な賢い妻の鑑として描かれがちだけれど、彼女の行動は後の良妻賢母教育の素材として都合よく解釈された自己犠牲的精神からくるものではなかった、ということでした。

「自分に愛をくれた」ということが日本武尊の命を助ける純粋な動機だった、愛に生きる(結果的に愛のために死ねる)強い女性だったのだ、という感覚を強烈に抱きました。

それと、これに気づいて私は涙が止まらなくなってしまったのですが、弟橘媛は巫女でもあったと言われていて、巫女として生きることと妻として生きることって、やはり本来なら両立しないことだったと思うのです。

それでも、弟橘媛は日本武尊を愛してしまったし、日本武尊も他にも妻がいたけれどやっぱり弟橘媛を心から愛していた。だから、死の危機に瀕した炎の中で彼女のことを想い、無事に海を渡った後も彼女が戻ってくるかも知れないと思って待ち続け、また彼女が亡くなった後にも彼女を想って「吾妻はや」と嘆き悲しんだりしたわけで。そして、彼女も巫女として海の神を鎮めることは小さい頃から修養を積んできた自分自身のお役目という覚悟もあったのだろうと。そして、それを愛する人のためにできるのだから本望だと思えたのだろうと。

ヤマトタケルさんとオトタチバナさんは、本当にお互いに相思相愛の夫婦だったんだなー、と感動し、我欲を捨てて相手を想うということの尊さと、そのために命をかけることも厭わない愛を学ぶ勇敢な人たちのお手伝いのために、私は呼ばれてしまったんだな、と理解しました。

だってね、お参りする間中、二連飛行のトンボやら、求愛ダンスを踊るアゲハ蝶のつがいやら、「とにもかくにもパートナーシップ!」って、これでもか、というくらいに何回もメッセージがやってくるわけですよ! その上、通りかかる幼稚園バスに書かれた園名までもが日本武尊と弟橘媛の子供の若皇子の名前だという!(笑)

それでなくても、私のライティング・セラピーのいちばん人気メニューは恋愛関係がテーマだし、他にも、仕事だったり、子育てだったり、やりたいこと探しだったりで相談しにくる人たちが、話を聞いていくと「パートナーとの関係性」とか「自分自身とのパートナーシップ」とか「自分の中の男性性と女性性の結婚」とか、そういうテーマが必ずといっていいほど含まれていたりするんです。

なんかね、オトタチバナさんに「こういうことしていくんでしょ。本気でやっていくんでしょ。手伝うから覚悟決めなさいよね。見込んじゃったからね。」って、念を押されて迫られたような気がしました。いや、自分でも気づいてましたけど、ここまでお膳立てされたら、もう降伏するしかありません。もっと他のこともできる気がしてたけど(笑)、認めます。そして腹括ります。

私はこれから、良妻賢母になりたいわけじゃなく、我欲を捨てて愛に命をかける勇敢で可愛いい女性たちを全力でサポートしてゆきます。思いがけず決意表明のお朔参りになりましたが、お役目のために私をじゃんじゃんお使いいただければ、私も本望です!

…と、ここまで書いて、この記事を公開する勇気がもてず、一晩寝かせました…覚悟、弱っ!(苦笑) というのも、一言でいってしまうとスピリチュアルなことをおおっぴらに発言することへの恐怖心があったためです。

私は子どもの頃から、神社の保育園に通っていて、鎮守の森で遊びながら当たり前のように神様に触れていたし、人間が怖くて植物や動物たちの方が意思疎通しやすいと思っていて、何の疑問もなく誰に教わることもなく、声なきものの声をたくさん聴いてきました。

でも、そのために「うそつき」とか「頭がおかしい」と言われたり、「病気」扱いを受けたことがあり、その体験がトラウマになっていて、最近まで「私のこういう側面を表出したら魔女狩りに遭う」と本気で怯えていました。

だけど、見る人が見たら、私はどこからどう見てもその筋の人(笑)らしいです。それに、何の気なく話してることが仲間内ではどうやら「お告げ」と呼ばれていたりもして(笑)。

私の人生の旅の地図(数秘術・占星術・算命学・オーラソーマなどなどの鑑定結果)にもしっかりと声なきものの声を聞くことやその代弁者になることが刻まれてもいます。ということは、私が生まれる前に、神様との合意の上で取り交わした魂の約束の一部だということです。

「本当はどうしたいの? 目を背けたり、爪を隠したりしている場合じゃないんじゃない?」と問われるようなことが立て続けに起こった2015年秋〜2016年夏だったのですが、そこにきてこのお朔参りのお呼ばれ。もう、やらないわけにはいかないんだ、と改めて観念しました。

人にどう思われるかより、自分がどうしたいか、魂が約束してきた人生でこの命を、この愛を、どう表現してゆくか。

そんなことに迫られた秋の始まり。日食の新月に、新しい旅が始まりました。



unico
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